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境界の構造

ゆるりと、これからとこれまでの日々。

僕は気にしてないよ、名札というものがあったらなら。

日記

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フィリピン留学から帰って来た飛行機での話。
おそらくドイツ人、の家族が6人で乗って来た。
 
飛行機って大きく分けると3つ座るところあるじゃん。
窓側、真ん中、反対の窓側。
だいたい、3列、3列、3列とかくらいかな。真ん中が4列もあるのかな。
 
僕は、窓側の席の通路側に座ってて、真ん中にその家族が座ってたの。
子供が4人で親御さん。一番小さい子は多分2歳くらいで一番大きい子は小学生でいったら
3、4年生くらいだったかな。
一番小さい子以外の3人は、元気がありあまってる感じで、全然席でじっとしてられなかったんだよね。
 
通路をぐるぐるまわったり、兄弟でケンカしちゃったり、
どれだけ近くに座ってたかで感じも変わると思うけど、客観的には少し「騒いてる」っていう感じだった。
日本だったら「ごめんなさい。なんとかちゃん静かにして!」って感じだけどそのドイツ人も「ごめんなさい」っていう感じだったけど、乳飲み子がいるから、その3人まで手が回らない感じだった。
 
 
案の定、自分が座ってたところの2つ前くらいに座っていたコワモテのおっさんが小さい子供たちを日本語で注意してたんだよね。
そしたら、こどもたちはその人のところを通るときだけ、すんごい静かにゆっくり動くようになっただけで、あとは一緒だった笑
 
しつけ云々、という話になりがちかもしれないけど、僕はそういうことを話したい訳でなくて。
その空間の公共性において、極端な方に目が行きがちだけど、その空間には多様な考えを持つ人もたくさんいるだろうなぁって思って。
 
子供の騒ぐ声が好きだっていう人や、ケンカぐらいならいいけど動き回るのはちょっと、っていう人。
むしろ、もっとやれ!って思っている人もいるかもしれない。
 
その時自分が思ってたのは、「僕は気にしてないよ」ということだった。
だから、謝らなくてもいいということをずっと考えていた。
なんか表明できたらいいなぁなんてずっと考えてた。
もっと自由に旅してほしいよ。
 
 
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ここからは別文脈の話。
 
無理やり地方の話に持ってくけど、確か山梨県での事例だったと思うけど。
スケボーパークの話。スケボーの音がうるさい、ということで閉鎖が決まったって話。うるさいっていった人は一人だったようだけど、許可をもらってなかったということもあってもつれてしまって閉鎖が決定したらしいだけど。
うるさいって確かに思っている人もいて、その場所で楽しみたいって思っている人の二つの視点でしか語られないんだよね。
中身ではなくて、この構図がおじさんとドイツ人家族と一緒。
 
スケボーパークでプレイしているのを遠くから見るのが好きって思ってた人もいるだろうし、
スケボーはよくわかんないけど、彼氏に連れられて来たっていう子もいたと思う。
 
なんだか、そもその公共性のあるものが2つに分けられて、何かをジャッジされるのなんだかなぁって。今は対立軸だけで物事が考えられてるけど、では複数の軸があったの時の「解」ってなんだ!って言われるとわからない、というのが現状だけど。
 
飛行機の例でいったらやっぱ「僕は気にしてないよ」を表明したかった、ということだろうけどね。