腹よわ男子の日記

お腹が弱い。ホラー映画が好き。これからスウェーデンの大学院に行きます。

経済成長っていつまで成長するの?


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あらためていいたい。

経済成長っていつまで成長するの?そして、いつまでGDPや儲かることや数字になりやすそうなものが指針になるのだろうか。僕が公務員時代に感じていた政策への違和感はだいたいこの問いが源流になってる。地方創生、地域活性化、、アイマイでキライな言葉だけど、この言葉に隠されたニュアンスって経済的に成功する、お金を儲けるってことがあるとおもうの。

継続性っていう観点からみたら、それはある意味イエス、といえる文脈もあるんだけど、そこではなくて。儲かることという世界観に基づいて選択が行われたいったり、行き着く先ってどこなの?って思ってしまうの。

僕の気持ちをすでに「成長の限界」という本が言い当ててくれてて、成長にはやはり限界があるの。だから、成長にかわるちがう世界観が必要なのではないかな、ってずっとおもってたんだ。だから、サステナビリティっていうフィールドを選んだのだけど。これが答えだ!というよりは、どういう世界観が語られてるのか知りたかった。「成長」以外を見たかった。それが大学院にいった理由のひつつだ。

なにかをはじめるときのあのドキドキ

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スウェーデンに行った時のことをよく覚えてる。

自分はこれから一年は外国に住むんだと、意気揚々となっていた。成田空港で、4、5年ぶりに市役所時代に仕事をしたアーティストの人と遭遇して、
「私はこれからアルゼンチンに1ヶ月」と言ってた。「僕はスウェーデンに1年」と返して、お互いの健闘を祈った。
 
僕が住んでた街はカールスクローナといって、スウェーデンでも南の方にあって、コペンハーゲンからの方がアクセスが良い場所にあった。
元々、港の要所でもあったので、大なり小なりの島々が周辺にあって、街自体もぐるっと海に囲まれている。海と言っても入り組んだ地形にあるので、湖みたいに全然塩の味がしない。
泳いでもベタベタしない。住んでたシェアハウスの大家さんが夏になると、「I will take a bath」といって、バスローブ一つで海にいけるほど、近い。
決して大きな街なわけではないけど、生活に困るものはなかったし、なによりもこのサイズ感が心地よくなっていった。自転車一つでどこへでもいけたからね。
 
最初に駅前におりたった時に、近くのホステルに泊まった。スウェーデンでは住宅状況が芳しくなく、家を探すのにとても苦労する。
外国人はその苦労が二倍くらいになる。不動産屋さんがあまり物件を持ってなかったり、個人で貸し出しているところも多いので、物件にリーチする、という基本的なところが大変だった。まぁ、着けばなんとかなるかって思っていたけど、家が見つかるまでにだいたい1ヶ月くらいかかった。
僕がとまっていたホステルは監獄をリノベーションしてできたホステルで、ドアがひじょーーーーーーに重たかった。大学院は課題だらけだったから、ヘトヘトの中で、そのドアを開ける時が一番心理的に負担がかかってた気がする。なんでほっとするための家で最後に難関があんだよ笑
 
何かかがはじまるときってドキドキと不安が半分でいつまでたってもその感じがなれない。たぶん、駅におりたった時にその感情がピークに達したとおもう。
市役所に入ってはじめて配属された時も、出向が決まって一人で出向先に向かったときも、このときもそう。
働きはじめて、日常が当たり前になってくると、そういったドキドキや不安を感じることがなくなってくよね。日々の仕事におわれて、なんとか頑張って仕事を終わらすと別の案件がまたふってくる。そうすると感情に浸るよりも、タスクをおわらせることが優先されて、自分が何を感じているかよくわからなくなってくる。そんな時に環境がかわるって大変だけど、すごくよいよ。自分の気持ちに気づく時間を無理やりねじ込まれるようで。
 
誰も自分を知らないところにいくって気持ちいいものだよ、最後にはね。
 
 
 
 
(ドキドキや不安もつかの間、大学が忙しすぎて、そして大変すぎて、だいたい泣いてる毎日を過ごすのはまた後のこと。)

ブログの心構え

 

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あ、もうひとつだけ。

自分は、いまなにものでもなくて。でも、こんな生き方もいいじゃない、ってのを叫びたいのかもしれない。それは大変小さな小さな声だけども。さきにおこることだってわからない、なんにも安定はない。それでもさ、なんかみんな本当はこういう風にもしてみたいんじゃないかなってのもおもう。会社にいることが、つらかったり、社会に居場所がなかったり。でも、なにものでもなくなってしまうことが、すごくこわかったりで。

 

自分はすごくこわかった。いままで自分自身が多少なりとも築いた場所を離れて、一からスタートするってことが。誰も僕をしらないし、文化も言葉も、すべてが違う。正直、去年のいまごろは毎日不安で、泣いてた。

けど、最後には自分であることがすごく気持ちよかったんだよね。なにものでもなくて、ただの自分自身。

 

こうなれってことではなくて、もしいま悩んでたり、不安を感じてる人がいたら、こんな普通の僕でもこういう風な生き方をできるっていうことを発信することで、おこがましいけど、希望になれたら、なんておもってしまったのだ。

 

旅のはじまり


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ぼくはいま旅をしている。実際に旅をしてるのだけど、人生を旅に例えるならば間違いなくハイライトであろう。

 

というのも、安定しているといわれる公務員を退職し、受かるかもわからない海外の大学院行きを決め、取れるかわからないIELTSスコア取得のためフィリピンへ語学留学にいき、スウェーデンの大学院を紆余曲折のうえ、なんとか卒業して、いまにいたるからだ。この2年は人生において、自分自身をふりかえり、自分自身が身を置く価値観を一からつくりなおした年月だった。

 

文章にしちゃうと一瞬で語れるのだけれど、この間になにがおこったのか、そして、いま実際の旅でなにがおきているのか、を少しずつブログに綴れたらとおもう。留学中のこと、いまの旅してることもほとんど書いてないから、ボリューム的にも大きくなるだろうし、それ以上に時系列がバラバラになっちゃうかもしれない。

 

自分的には自分が感じたこと、考えたことが整理されることがよいし、僕が体験したことは、きっとまちづくりや地域づくり、しいてはいい社会をつくろうと関わる人にもヒントになるんじゃないかな。ぼくの公務員時代の疑問は、なぜ、だいたいの政策がGDPに基づくような数値化されるもの、お金が儲かるもの、のような価値観に基づいてつくられてしまうんだろうっていうことだった。これって大きくいったら、なんでこんな世の中はマテリアライズ(物質化)しちゃったんだろうっていうモノだった。

右肩上がりの時代を経験した人にとってはよくわからない疑問かもしれないけど、少なくとも昭和の終わりから平成に入ったひとたちはこんな感覚になったことはあるんじゃないかな。

だからぼくの大学院の先攻は、サステナビリティ(持続可能性の社会性って?) そのサステナビリティを牽引し、求められるリーダーシップとは?だったのだ。自分が期待したことが全部学べたわけではなかったから、その補講をするため、旅をしているようにも感じる。

だから、これからの社会の方向性がわからない人にはヒントになるだろうし、そしてぼくもわからないからこそ、もがいて、挑戦して、挫折して、たくさんの感情をひっくるめて、いまここにいる。なやんでる人と一緒に考えたいし、答えがひとつでもないだろうしね。そして簡単に答えでたら、そもそも、ぼくはここにいないだろうし笑

 

なまあたたかいめで読んでくださいな。

 

写真はたびのはじまりはスウェーデンではじめてのったのった電車の表記。犬ものれること、静かにしたいひとのスペースがあることだったのだ。

 

バックパックで旅をするとこ


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前置きでもいったように、いまぼくはバックパックひとつで旅をしている。高橋歩さんに影響をうけて世界一周を夢みてるころから、働いくようになって現実をみるようになるまで、これまでいろんな人の世界一周ホームページをみてきた。そのなかで絶対語られているのが、コロコロでいくのか、バックパックでいくのか、だ。

妄想のなかだけだと、どっちがいいのか、中々決めにくいのだけど、僕はフィリピンのIELTSの学校にいくときにバックパックをかっていたので、自然の流れでバックパックで旅をしている。(スウェーデンに留学するのにも、スーツケース1個、バックパック1つという、超ミニマリストで留学にいったの。)

 

大学生のころから、海外にいくようになってたのでいまちょうど20ヶ国を旅したことがあるのだけど、バックパックの最大の長所がわかったの。それはね、自分の持てる分だけしかもてないこと。

 

バックパックを背負ってるといやでも重みを感じて、歩くのがだんだんと億劫になってくることがあったの。それってね、結局自分が必要なもの以上のものを背負ってることに気づいたの。だから重いなぁってかんじたらそれは、「贅沢」なものをまだいれてるんだよね。シャツは違う種類がほしい。このTシャツにはこのパンツをあわせたい、とか余計なものがふえていく。旅をすればするほど、なにが必要で、なにがファッションでもってるかっていうのがすごくよくわかる。自分自身がどれだけ不必要なものに囲まれたのかってのがすごくよくわかった。

 

ひとがいきてくのには、バックパックに収まる分で本当は十分なんだ。

 

そしてこのバックパックに収まる分で十分なんだって感じれるとすごく楽になれるよ。人生に必要なものはあまり多くない。自分でもてる分だけだよ。